2020年1月2日木曜日

2020年正月、五輪の記憶と新年の誓い。

2020年になりました。今年は東京オリンピックの年です。

僕たちの世代は、小学校に入学した年が1964年で、前回の東京五輪の年でした。

オリンピックの後に、クラスの全員がオリンピックの絵を描かされました。先生がそれを壁に張りだしたので、もしかすると冬休みの宿題だったかもしれません。前回の東京五輪は10月10日が開幕でしたから、冬休みの宿題でもおかしくはない。

それで、張り出された皆の絵を見ると、ほとんど全員が、聖火が灯される瞬間、もしくはその直後の絵でした。絵として描くにはそれが最も簡単な構図だったのです。みんな考えることは同じなんだなと思って、それがとてもおかしくって、今でもそれを覚えているのです。

1964年の五輪は懐かしいような気がするのですが、僕が明確に覚えているのは、この五輪の絵のことだけです。まだ小学校一年生でしたから五輪期間中にテレビで日本を応援した記憶はないのです。

僕の五輪の記憶はその次のメキシコ五輪から。メキシコ五輪は、母親に朝日グラフの五輪特集を買ってもらってすべての写真を繰り返し見ました。最も記憶に残っているのは、あのあまりにも有名な男子200mの表彰式の写真です。

彼らは、当時のアマチュアリズムの権化言われたブランデージIOC会長からから、政治的パフォーマンスを行ったという理由で五輪を追放されたのですが、ぼくはただカッコイイと思ってその写真を見ていました。

それ以降、スポーツ観戦好きの僕は冬も夏も毎回オリンピックをテレビで楽しんできました。

今回の五輪ではどうなるんでしょうか。そして自分にとっての2020年はどんな年になるんだろう。

元旦の朝食時にも、息子もそんなことを話していたから、父として、それは自分次第、と応じた。そう、有意義な年になるかどうかは自分次第なのです。

新年の計は元旦にあり、などといって今年の目標などを立てたりしますが、できない目標を立てても意味がない。自分が息子に言いたかったことは、自分の置かれた立場で全力を尽くせ、ということです。

彼はまだ学生ですから、学業に励むことが大事。そうすればおのずと道は開ける。

自分は、まだサラリーマン。サラリーマン生活をマラソンに例えれば、自分はいま41kmを過ぎたあたりを走っている。だから僕の場合は、メンタルを含めた健康に留意して、完走を目指すことが今年の第一の目標になるのでしょう。

実際は、今年やりたいことはたくさんあるのだけど、それは文字にせず自分の気持ちの中にとどめたいと思います。毎日気持ちよく生活できれば、おのずと時間は有意義に使えるし多くのことができると思うのです。

だから、何よりもまずは健康であること、それが元旦の朝の新年の誓いです。




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