2019年11月30日土曜日

定年退職は幸せなんだろう。

僕は既に定年の60歳を過ぎ、雇用延長状態で働いています。その契約も残りあと一年数か月となりました。

企業は65歳までの雇用義務がありますが、公的年金受給のタイミングを雇用契約の満了としてもよいのです。僕の働いている会社はそこまでは無条件で延長、それ以降65歳までのオプションは会社が持っています。現状では会社がそのオプションを使うことは稀です。自分に使われることはまずないでしょう。ですから自分が働けるのは63歳の誕生日までです。

しかし、僕は、ほぼ確実に1年数か月後から始まる退職後生活のイメージがまったくつかめていません。それでブログを始めました。退職後生活全般についての考えをあらかじめまとめる為に僕はこのブログに日記を書いているのです。それで、今日は定年退職について考えました。

自分が42歳で左遷され関連会社への単身赴任を命じられたとき、転職すべきとも考えましたが、その自信もなく、辞令に従いました。しかし、定年まで17年以上もあったのです。果てしなく遠い。考えるだけで気が遠くなる思いがしました。それ以降、定年は僕にとって明確な目標でした。

実際は、左遷後の仕事は思ったよりもやりがいはあり充実したものでし、東京にも戻ることができました。そして、その目標は去年達成されたのでした。

終身雇用制度はもう過去の制度といわれることもありますし会社の倒産もあるわけですから、自分の望む会社で正社員として定年を迎えられることは必ずしも当たり前のことではないでしょう。

ですから自分は運がよかったし幸せなんだと思います。これを自分は正直に受け入れています。定年による退職をポジティブに捉えたほうがその後の人生もスムーズだろうと思いますし。

自分はまだまだ働けると考えている方たちには定年は迷惑な制度かもしれません。しかし、後進に道を譲る必要があります。自分たちより若い世代に仕事を譲らなければなりません。定年というのはそのためのものです。

僕は63歳で契約満了の予定です。法律上のことは別にしてもこの年齢での退職は適切だと考えています。自分の思考能力は劣化していないと思うのですが、集中力は低下していますし、体力の低下も感じます。

かつては9時から5時まで仕事に集中してもまだ2、3時間は仕事ができました。しかし、今はとても無理です。時間当たりの処理能力は40半ばの半分くらいに落ちているかもしれません。気が緩むともっと下がる。

新しいことに対する対応力も落ちています。会社のOSがWINDOWS10になり、TEAMSも使われるようになりました。知識の更新のスピードが速くて自分はついていくのがやっと。まだONE DRIVEもよく理解していないのに。

TEAMSが便利なのは理解できるのです。ONE DRIVEとSHARE POINTとTEAMSの関係も理解できます。でも使いこなせない。なぜ今までのアプリケーションではいけないかが理解できない。今までのやり方で問題ないと思ってしまう。

職場のシステム開発の担当者になったこともありコンピューターには詳しいはずだったのですが、気がつけば自分はもう最後尾です。

だから、自分は63歳が潮時であることを納得してます。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。人にはこんなカッコいいセリフ決して言えませんが、自分ではそう思ってます。このマッカーサーの名言を思いながら会社を去る方は結構いるんじゃないかな。

しかし問題は、カッコつけて会社を去った後なのはわかってます。完全に消え去るわけじゃないですからね。ながーい退職後をどうするか、これに対する考えは全然まとまりません。

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